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神秘学

【神秘学】人間性の本質とは?超感覚的な認識による人体の考察

どうも、とがみんです。

人間とは何か、人間の本質は何かを考察するにあたって、現代では、脳の仕組みや、統計として得られたデータから人間の心理についての研究がなされています。

人間の感覚の働きや、その感覚に支えられた悟性の働きにとっては、人間の肉体のみが考察の対象になりますが、

五感や論理的類推等の人間の感覚を超えた「超感覚的認識」の立場から言えば、肉体は人間本性の一部に過ぎないとシュタイナーは言います。


この記事では、超感覚的な観点で、人間はどのように構成されているのかについて、シュタイナーの「神秘学概論」をベースにまとめていきます。

超感覚的な認識による人間の構成

人間の感覚を超えた、超感覚的な認識によると、人間を構成するものは、人間の目で感知できる「肉体」だけではなく、さまざまな要素で人間が構成されているとのことです。

体的な要素として、「肉体(物質体)、エーテル体(生命体)、アストラル体。
魂的な要素として、「感覚魂、悟性魂、意識魂」。

そして、アストラル体と感覚魂が密接に結びついており、魂に浸透する形で「自我」が存在しているといった感じです。

また、個人的には、情報通信機器やロボットでいう、「ハードウェア」に当たる部分が、体的な「肉体、エーテル体、アストラル体」、

「ソフトウェア」にあたる部分が「自我」であり、コンピュータを制御し、ハードウェア、アプリケーションソフトや周辺機器を動作させる「OS」の役割にあたり、「意識魂」、「感覚魂」、「意識魂」が、アプリケーションソフトにあたるものではないかと考えました。

次にそれぞれについて詳細にまとめていきます。

肉体(物質体)

「肉体(物質体)」とは、人間が鉱物界と共有する部分であり、人間の目に唯一見える部分です。ここでいう「鉱物界」とは、常に死の状態にある「生命のない自然」のことです。

鉱物界には風化、分解といったそれそのものを崩壊させるような力が働いており、人間の肉体部分にも同じように、肉体の形態を崩壊させるような力が働いています。

しかし、人間は死に至らなければ、そのような力が働いていても崩壊しません。人間は死によってはじめて、鉱物界と同じあり方を示すようになり、肉体の形態が崩壊していきます。

生命のある人間の肉体が崩壊しないのは、崩壊しない方向に力を働かせているエネルギーが存在し、それが次に示すエーテル体による作用です。

このように、「肉体(物質体)」とは、人間が死に至った後に残る「肉体」の部分を指します。

エーテル体(生命体)

「エーテル体(生命体)」とは、生きている間、肉体を崩壊させないように働きかけているエネルギー体であり、「肉体(物質体)」が「鉱物界」と共有しているのに対し、「エーテル体」は「植物界」と共有しています。

人間が生きている間は、鉱物界の働きに抵抗して生き続けなければなりませんが、エーテル体はこのような抵抗する力を働かせています。

人間が死に至ると、エーテル体は次第に失われ、生命のない鉱物界の一部となります。

このエーテル体は、人間の五感による観察によっては、知覚できず、その作用のみしか認められません。

「エーテル体」は生命を維持するエネルギーであり、肉体のいたるところに浸透しており、肉体に対して一種の建築家のような働きを示し、すべての生き物は自らの「エーテル体」を持っています。

「肉体」と「エーテル体」のみの場合、人間は寝たきり状態で、まさに植物人間の状態です。

行動も思考活動もなく、すべての苦しみや悲しみも意識から消えた没意識状態です。

アストラル体

「アストラル体」は、エーテル体よりもさらなる高次の人間本性であり、アストラル体の働きによって、没意識状態の植物状態から、意識を目覚めさせます。

「肉体」が「鉱物界」、「エーテル体」が「植物界」と共有しているように、「アストラル体」は「動物界」と共有しています。

エーテル体の力だけでは、意識の光に照らし出すことができず、睡眠状態に留まり続けることになってしまいますが、アストラル体の働きによって、外的な印象を、快と不快、飢えと渇きといった感情や欲望として意識的にします。

このように、「アストラル体」は意識を目覚めさせますが、「アストラル体」の働きだけでは、それが持続的なものにはなりません。

意識が持続されないため、過去の印象を想起させることができず、過去はその都度忘却の中に沈んでしまいます。

覚醒時(活動時)の人間は、現れては消える体験だけでなく、持続的な体験を持ちます。この意識を持続させる働きを担うものが、次に示す自我(魂)になります。

自我(魂)

「自我(魂)」は、意識を持続させます。人間は目が覚めているとき、すなわち覚醒時、現れては消える体験だけでなく、持続的な体験を持ちます。

「アストラル体」は対象についての外的な印象を意識的にし、「自我」がこの意識を自分のなかに取り入れ、それを自分の所有物として持続性のあるものにします。

「エーテル体」にとっては生命が固有のもの、「アストラル体」にとっては意識が固有のもの、「自我」にとっては想起が固有のものになります。

エーテル体が保持し得なくなった肉体は崩壊し、アストラル体が明るく照らさないエーテル体は、没意識状態の中に沈み込み、「自我」が意識を持続させ、過去を現在に取り込むのでなければ、アストラル体だけでは、過去はその都度、忘却の中に沈んでしまいます。

人間が、自分の誕生日を覚えていたり、願いを持ったり、未来へのビジョンを持つことができるのは、この自我があるためです。

そして、この自我の働きは「感覚魂」・「悟性魂」・「意識魂」の3つの段階に分けられます。

「感覚魂」は、アストラル体によって受けた印象、意識を取り込み持続的なものにします。

「悟性魂」は、自我が対象を意識するだけでなく、更にその意識に対して働きかけを行います。自分が見ているもの感じているものを客観的に分析する働きをし、物事を理解する働きをします。そしてそれを持続的なものにします。

「意識魂」は、意識そのものを意識し、自己を内的に知覚する働きをします。

そして、この意識魂が、全ての現象の隠された霊と結びついているとのことです。

意識魂を通した認識(内省)によって、自己の状態だけでなく、他者の状態すらも知覚できたりするといったところでしょうか。

まとめ

超感覚的な認識による人体について、シュタイナーの「神秘学概論」の本を参考に考察してきました。

人間の感覚を超えた超感覚的な視点では、人間は目で感知できる物質的な肉体だけではなく、以下の図のように、

体的には「肉体・エーテル体・アストラル体」、魂的には「感覚魂・悟性魂・意識魂」と存在し、アストラル体と感覚体が密接に結びつき、自我が魂に浸透する形で存在するとシュタイナーはいいます。

また個人的に、情報通信機器やロボットでいう、「ハードウェア」に当たる部分が、体的な「肉体、エーテル体、アストラル体」、

「ソフトウェア」にあたる部分が「自我」であり、コンピュータを制御し、ハードウェア、アプリケーションソフトや周辺機器を動作させる「OS」の役割にあたり、「意識魂」、「感覚魂」、「意識魂」が、アプリケーションソフトにあたるものではないかと考えました。

そしてさらに、シュタイナーの「神秘学概論」を読み進めていくと、自我の働きによって、アストラル体、エーテル体、肉体を変容させていくことができ、「自我」が進化していくようで、なかなか奥が深そうです(笑)。

自我が成長していくことで、「意識魂」、「感覚魂」、「意識魂」といったアプリケーションが追加され、

さらには、自我によってアストラル体をコントロールできる状態として「霊我」、エーテル体をコントロールできる状態として「生命霊」、肉体をコントロールできる状態として「霊人」と「自我」が進化していくようです。

以下の記事では「自我」の進化について、「霊我」・「生命霊」・「霊人」について紹介していきます。


参考文献等

>人間の本質